阿久悠が遺した、珠玉の大正浪漫歌集ふたたび
清水由貴子、阿久悠を歌う。
きっかけがたやすく想像され、なんとなく悲しい気分になってしまうけど、それもまたユッコらしいと思って、優しく、そしてちょっぴり淋しく笑いましょうか。ほたる坂を転がるみかんを追いながら…。
だって、全曲阿久悠作詞、三木たかし作曲によるユッコのファーストアルバムがまた陽の目を浴びようとしているのだから。
そう、77年12月21日発売、94年にCD選書化されたものの、すぐ廃盤になってしまっていたこのアルバムが、このたびボーナストラックを含む「 ほたる坂から+4/阿久悠・三木たかしを歌う 」としてオーダーメイドファクトリーの復刻候補に挙がりました。
あれは確かフォークブームがピークに達した75年の11月、「スター誕生!」のテレビ予選。普段着の猫背の少女が素朴な表情で、イルカの「なごり雪」を心を込めて歌い切りました。
そのあたたかくて包み込むような歌声に、おっとりしたいかにも人の良さそうな笑顔に、知らぬ間に優しい気持ちを抱いていたように思います。
そして、その光景は欽ちゃんや審査員のみならずお茶の間にも大きな感動をもたらし、高い評価を得て合格したのは言うまでもありません。たぶん、誰もが久々のスタ誕大型新人の誕生を予感したはずだと思います。
案の定、翌春の第16回決戦大会では、根本美鶴代と増田啓子のコンビに大きな差をつけ、チャンピオンに輝きました。それからというもの、ワタシはずっと彼女のデビューを待ち続けていました。サロペット姿の2人はガラリとイメージを変え、半年も経たないうちにピンク・レディーという名前でデビューしたのに、なぜあの子は出てこないんだろう。
幼いワタシは、取り巻くスタッフたちが慎重に慎重に事を進め、機が熟すのを待ち満を持して世に出そうとしていたことなど、想像もしていませんでした。
そして翌77年春、あの子はようやくデビューしたのです。スタ誕に出た時とまったくイメージを変えることなく、セーター姿にギターを抱え、これまた雰囲気にぴったりの「お元気ですか」という曲を携えて。しかし、あの子が真価を発揮していたフォークのブームには翳りが差し、時代は新感覚のニューミュージックへと移ろいはじめていました…。
スタ誕の感動を大切に保存していたような仕上がりのデビュー曲は、当時も今もホントに名曲だと思っていますが、静かに売れてスマッシュヒットしたものの結局は30位どまり。
きっと誰もがもっと売れずはずだ、もっと人気が上がるはずだ、そう思ったことでしょう。それは模索という形で曲に反映してしまいます。
第2弾の「明日草」はガラリと変わりフリも入ったポップス歌謡、第3弾「ほたる坂」は暗さの残る演歌調へと一作ごとに曲調をチェンジ。
そして、あのユッコの淋しくはあるけれど優しくほんわかしたイメージは次第に哀愁を帯びていったのです。それは、気弱で迷える女の子のようになっていったとも言えます。
レコード大賞部門賞で競り合いの末新人賞を郁恵ちゃんに譲った時の表情とか、百恵ちゃんとこによく似た家庭環境とか、ユッコのことを目で追っていたワタシも、なんとなく沈んだ気持ちになったものです。
と、ユッコのことを語り出すと、やはり淋しくなってしまいますが、それは後年、阿久さんやソニーの酒井さんによる述懐―ユッコを大成させたいと願うあまり、デビューの時期を慎重にうかがいすぎたのが敗因だったという言葉―を思い出してしまうのも大きいでしょう。
しかし、それ故に名曲が多いのです、ユッコって。
特に阿久さん渾身、というか心血を注いで綴ったと思われる詞といったらどうでしょう。時代の寵児として栄華を極めた77年、他の歌手に書いた一連のインパクトの強い作品群とは一線を画す仕上がり。
このアルバムはシングル3枚の両面を含んではいますが、核をなすA面の一連のコンセプトソング「口紅草紙」「月の舟」「小雪しんしん孔雀町」など…いずれも大正ロマン、竹久夢二の時代をイメージした少女のけなげにはかない、しかし優しく庶民的な世界が、まるでユッコのキャラクターと二重写しになるように描かれているのです。
「夢二組曲」にはモチーフとなった「宵待草」も組み込まれ歌われていますけど、三木さんのちょっと和風な、時には唱歌風で、時には演歌チックな歌謡ポップスも素敵です。前にも書きましたが、ワタシは小川未明というか赤い鳥の童話を読んでいるような「赤いマント」が大好きですし、阿久さんが亡くなられてからというもの、このアルバムをよく聴き返していました。
余談ですが、ちょっと驚くような選曲で、阿久さんの遺志を酌んでないのではないかと思われる節がある「阿久悠を歌った100人~わたしの青い鳥」にユッコが収録されるのを確認してホッとしたのもつい最近のことでした。
そして今回の予定では、なんとその後のシングル2枚「天使ぼろぼろ/自画像」「多感日記/不幸な秋」が追加収録されるのです。すなわち阿久+三木コンビによるユッコ作品コンプリート。
こうなりゃCD選書をお持ちの方も、やっぱり手に入れたい一枚ですよね。ワタシは一生懸命アクションを頑張ってた「天使ぼろぼろ」も、うたノートに書いた「多感日記」も大好きな曲なので、ホントにウレシイ。なんとかCD化を実現させて、ユッコを懐かしめる人にも、あまりよく知らないという人にも、ぜひ聴いていだければと思います。
お読みいただいている皆さまのワンクリックから、この名盤がよみがえります。そして、ユッコの歌声はもしかしたら荒んでいるかもしれない気持ちさえ、優しく包んでくれる存在になるかもしれません。ご協力のほど、伏してお願い申し上げます!
以降の「歌を重ねて/遠い星からの手紙」や「神様・なぜ愛にも国境があるの!」といったノンンフィクション文芸路線シングルや、セカンドアルバム「私小説」のCD化を望んでいる皆さんも、まずはここからだと思いますので、どうかよろしくお願いいたします!
(2007.10.4)