日本が誇る作編曲家・萩田光雄の5枚組BOX！

　昭和ポップスやシティポップのブームなどを背景に、1970～80年代の歌謡曲、それも高品質でプロフェッショナルな楽曲群やゴージャスで緻密なリアルサウンドへの再評価が進む昨今。作詞家や作曲家の先生方は言わずもがな、当時は完全に裏方だった編曲家の方々にも多くの注目が集まるようになってきました。
 
　そのきっかけといえるのが、2016年に出版された「ニッポンの編曲家 歌謡曲/ニューミュージック時代を支えたアレンジャーたち」（現在は 電子書籍で入手可能）。
　川口真、萩田光雄、大谷和夫、星勝、瀬尾一三、若草恵、船山基紀、大村雅朗、井上鑑、佐藤準、新川博、武部聡志といった名アレンジャー諸氏に加え、ミュージシャンやエンジニアなどにもスポットが当てられるようになりました。
　これを皮切りに、2017年の「 作編曲家 大村雅朗の軌跡1951-1997」、2018年の「 ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代」、2019年の「 ヒット曲の料理人 編曲家・船山基紀の時代」、そして2020年の「 音楽と契約した男 瀬尾一三」などなど、個別の編曲家本が編まれるようになったのは今さら言うまでもないでしょう。
 
　とはいえ楽曲ありきの編曲家ですから、本を読めば読むほどに音源が聴きたくなるというもの。よって、出版を機にご本人やゆかりのアーティストが出演する関連イベントやライブなどが開催されてきましたが、近年は作品集もゾクゾク登場。
　瀬尾さんの「時代を創った名曲たち ～瀬尾一三作品集 SUPER digest～」シリーズ（ こちらで紹介）、大村さんの「編曲家 大村雅朗の軌跡 1976-1999」（ こちらで紹介）、大村さんと対になるような船山さんの「船山基紀サウンドストーリー～時代のイントロダクション～」 （ こちらで紹介）などがリリースされてきましたが、ここに来て真打ち登場。
 
　そう、偉大なる萩田光雄さんのアンソロジーBOX「 音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界 ［5Blu-spec CD2+ブックレット］＜完全生産限定盤＞」の発売がついに決定！ しかもこれまでとはコンセプトからして一線を画す、スケールアップした5枚組でのリリースです。
 
　萩田さんといえば、ヤマハ出身でフォークと歌謡曲を結ぶパイオニア的存在として頭角を現し、70年代半ばから80年代にかけて大きく変容する日本の流行歌の世界で、メインストリームの先頭に立ってきたトップアレンジャー。
　かの筒美京平先生からの信頼も厚く、萩田さん以前と以後ではまるで異なるといえるほど、美麗で完成度の高いサウンドメイクを築き上げてきました。
　何よりアーティストの個性を見極めて寄り添い、歌唱力のおぼつかないアイドルであっても歌の魅力を引き出すサウンド作りに長けていることは今さら言うまでもないでしょう。
 
　一時代も二時代も築いてきたヒットメーカーゆえに、4,000曲以上という膨大で多岐にわたる作品群が広がっていますが、今回はその中から92曲を萩田さん自ら選曲決定。萩田さんは「背景やミュージシャンなどをあれこれ分析せず、出来上がった曲を気持ち良く聴いてくれることが一番」というようなことをいつもおっしゃっておられますが、そんなご自身の意向を第一にしたBOXになるようです。
 
　であるからして、収録曲も真面目で品格が高く、プロフェッショナルマイスターとしての萩田さんの姿勢が伝わるセレクトではないかと思います。
　具体的には、初のヒット曲となった高木麻早「ひとりぼっちの部屋」をスタートに、布施明「シクラメンのかほり」、山口百恵「横須賀ストーリー」、久保田早紀「異邦人」、中森明菜「セカンド・ラブ」、あみん「待つわ」、小林明子「恋におちて- Fall in Love -」、南野陽子「楽園のDoor」といったオリコン1位獲得曲をはじめ、誰もが知っているヒットや代表曲はもちろん、甲斐智枝美「夕なぎ」、鷲尾いさ子「風の絵葉書」、池田政典「愛してFinale」、ロードス島戦記のインスト「風の羽」など萩田さんがこだわりを持つ隠れた名曲もふんだんに収録。
 
　発注の多かった女性のアイドルやシンガー･ソングライターがどうしても目立ちますし、太田裕美、山口百恵、南野陽子、岡村孝子ら長年携わってきた萩田系アーティストは複数選曲されていますが（萩田アレンジの最高峰と評される久保田早紀の「異邦人」は、オリジナルバージョンとポルトガル録音バージョンの2テイクを収録）、うれしいのはカバーあり、リアレンジありという多彩な選曲と、黄金期だけでなく近年の作品までがまんべんなく網羅されているところ。
　大場久美子「エトセトラ」や桜田淳子「サンタモニカの風」を筆頭とする萩田さんの自作曲も、しっかり押さえられています。
　ちなみに、今回初CD化となるのは朝丘雪路の「織田一枝」。クミコのカバーでもおなじみですが、雪会姐さんの上手さといじらしさを感じる名曲です。
 
　なお、付属のブックレットはなんと3冊。読み物が充実していて、まずは初期萩田サウンドの第一人者である太田さんや百恵ちゃんのディレクターで親友でもある川瀬泰雄さんと、萩田本ではこのBOXのタイトルにもなった“音の魔術師”という言葉で萩田さんを称えたクリス松村さん、そして以前から萩田さんが最も思い入れのあるアーティストとして必ず挙げている南野さんとの対談（鼎談）を収録。
　さらには楽曲解説、萩田光雄ディスコグラフィーも掲載と、資料的価値も高いBOXになりそうです。
 
　こうしたBOXの場合、どうしてもあの曲やこのアーティストが入っていないという声が出るものですが、今回あくまでご本人の意向というのがポイント。基本的に萩田さん自身がご本で触れていたナンバーばかりなので、きちんと著書を読まれた方にとってはいろんな背景エピソードについても理解が深まるでしょうし、そういう意味では萩田ファン納得のセレクトといえるでしょう。
 
　とはいえ、女性アイドルだけを見ても、萩田さんがデビューからサウンドプロデュースしていたザ・リリーズをはじめ、榊原郁恵、石野真子、松田聖子、河合奈保子、小泉今日子、石川秀美、早見優、芳本美代子、西村知美らのビッグネームが漏れていますし、近年の話題作やヒット曲という点では親子2代にわたって萩田アレンジの提供を受けた三浦祐太朗さんや、萩田作品では久々にヒットチャートを上昇した純烈の名前も見えませんが、それぞれにあるであろう物足りない部分は、私家版でプレイリストを作って補完しようではありませんか。
 
　また、萩田さんといえば、流麗なストリングスに定評があり、ご本人もクラシカルなイージーリスニングへの志向が高いことが知られていますが、そういう意味では太田裕美のクラシカルな実験作「思い出を置く 君を置く」や、「薬師丸ひろ子ソング・ブック Vol.2」や「NANNO Songless」などのインストアルバムも併せて押さえておきたいものです。
 
　書籍のパブリシティをきっかけにしてか、最近はメディアでの露出もぐんと増えていますし、自らもギタリストとしてステージにも立つなど、人前に出ることの多くなっている萩田さん。今年の暮れにはナンノのちょっと遅れた35周年企画として一緒にライブする予定もアナウンスされているようですが、大レジェンドのアレンジャーなのに、変わらず現役でコツコツと活動していらっしゃることがスゴイ。
　萩田サウンドで育ってきた身としては、今回のアンソロジーは通過点として、これからにも期待させていただきたいもの。今後もますますのご活躍をお祈りしています！