心をすませて耳かたむけて…ユッコが心で歌ううた
1975年11月のテレビ予選を経て翌年3月の決戦大会へ。「スター誕生!」を見ていた人なら、あの女の子の素晴らしさをよく覚えていることでしょう。
ちょっぴり猫背でフォークギターを抱え、イルカの「なごり雪」を心を込めて歌ったあの女の子。まん丸顔で下がり目で、パッチン留めがよく似合っていたユッコ。
そのあたたかくて包み込むような歌声や、おっとり淋しげだけれど、淋しさを知っているがゆえの優しさをたたえた笑顔は、今もハッキリと思い出すことができます。
みんな理屈とかではなく、人間の良心というものでユッコに惹かれていったのですよね。
77年3月に「お元気ですか」でようやくデビューしてきた時も、あの時と同じまん丸笑顔で、淋しさを知っているがゆえの優しさをたたえていました。あの頃「明星」や「平凡」を読んでいた人なら、ユッコの生い立ちやユッコが家族のためにどんな思いで頑張ってきたかをよくご存じだと思います。
みんな同情とかではなく、人間の良心というものでユッコを応援するようになったのですよね。
だから、あのニュースを聞いた時はとても無念でなりませんでした。でも、この一週間、ユッコの残した歌を全部とりとめもなく聴いているうち、ユッコのうたと我々が生きてきた時代をあらためて振り返るうち、一つの思いが渦巻いてきたのです。
それは、前にもちらりと書いたことがありますが、ユッコがデビューした時期こそ、物が心を支配し、単純に目に映ることだけが価値基準になってしまう時代の端境期ではなかったかということ。そしてユッコは、もしかしたらその象徴のように世に出た人ではなかったかということ。
しかし、我々はユッコの姿やうたの根底に流れるものに気がつかなかったどころか、いつの間にか、物事の本質をくみとろうとせず、自分に都合のいいことだけしか受け入れようとしない時代にしてしまった。
いつの間にか、すべてにマルをつければみんな幸せになるはずだと誤解し、バツをつければ問題は解決しなくてもなかったことにできると錯覚する時代にしてしまった。
そしていつの間にか、ひどく短絡的になった挙げ句、目に見えない思いやりよりも見え見えのお世辞やサービスの方が心地よく思えたりして、嘘も真実も何一つ見極められない時代にしてしまった…。
ユッコの歌声は、その警鐘のようにいろんなことを教えてくれていたのに…。
何だか筆の進むまま、とても重々しいことばかり書いてしまいましたが、ファーストの「ほたる坂から+4/阿久悠・三木たかしを歌う」(こちらでも紹介)のアンコールプレスが決定し、このセカンド「 私小説+4 」も熱心なリクエストによって候補に挙がったと聞き、私はハッとしました。
もしかしたらまだ諦めなくてもいいのではないか、もしかしたらまだ間に合うのではないか。ユッコがそうやって最後に希望の光を投げかけてくれたように思えて…。
またいつものオーバーな思い込みだとか、得意の抹香臭い話だとか言われたとしても、今そんな風に感じているのは確かです。
もちろんそういう観点から聴く必要など全くありませんが、ファンの1人として、やっぱりユッコのうたを少しでも多くの方に聴いてほしいと思っています。ただユッコのことを残念がったり、懐かしがったりするだけでなく、いろんなことを心で感じ、ともに考えていくことができたら、なんて思います。これが最後の機会かもしれませんし。
では、おさらいする意味もこめて、ユッコがCBS・ソニー時代に残した2枚のアルバムをあらためてご紹介しましょう。
まずは、77年12月発売のファーストの「ほたる坂から」。スタ誕に出た時からユッコに全力を注いでいた審査員・阿久悠さんと三木たかしさん渾身の名盤です。特筆すべきは一連のコンセプトでまとめられたA面で、大正ロマンや竹久夢二をイメージさせる少女の、けなげにはかない世界。下町の娘や花街の少女たちが、まるでユッコのキャラクターと二重写しになるように描かれています。
「口紅草紙」「月の舟」「小雪しんしん孔雀町」など詩も曲も上質な名曲ぞろいですが、やっぱり小川未明というか赤い鳥の童話を思わせる「赤いマント」が抜きん出ていますね。そういえばA面には樋口一葉「たけくらべ」の美登利の雰囲気が流れているような気もします。
一方B面は「お元気ですか/あじさい村から」「明日草/少女のメルヘン」「ほたる坂/野菊の墓」という3枚のシングルで構成。こちらも精度が高いナンバーばかりで、シングルを集めただけとは思えませんが、それは阿久さんと三木さんのユッコへの思いの表れでもあり、大先生の創作意欲をかきたてたユッコという素材の素晴らしさの賜物でしょうね。
なお、オーダーメイドの復刻では、ボーナストラックとしてその後のシングル2枚「天使ぼろぼろ/自画像」「多感日記/不幸な秋」も追加収録。阿久+三木コンビによるユッコ作品コンプリートという内容になっていますが、この4曲も素晴らしい。個人的にはこの流れが一番好きで、ユッコがテレビで懸命に歌っていた姿が今でも目に浮かびます。
そして、79年9月、同時発売のシングル「言問橋/子供のままでいられたら」を含むセカンドアルバム「私小説」。ファーストがプロの技が光る高度で緻密な作品だとしたら、こちらは素朴な手作り感の出た、まさに私小説的な等身大の1枚です。
作家陣には、当時「きみの朝」でNo.1ヒットを飛ばしたばかりの岸田智史をはじめ、森山良子やビリー・バンバンの菅原進らフォーク系シンガー・ソングライターたちが参加。スタ誕の時からのユッコのイメージ—優しくてあたたかいけれど、その分とっても気弱で淋しげな世界—が広がっています。本人の心情を思わせる内容の詩もあったり、ユッコ自身も作詩したり、「夢待草」「三日月夜話(母へ…)」などは涙なしには聴けないかもしれません。
個人的には、最も洗練された仕上がりの「レイニー・アフタヌーン」が一番好きです。
今回復刻されれば、ボーナストラックとして「歌を重ねて/遠い星からの手紙」「神様・なぜ愛にも国境があるの!/私は泣かない」の2枚のシングルもCDで聴けるように。ソニー時代のユッコのうたがコンプリートになります。
なお、この2枚のシングルは企画物で、ソニーの酒井さんがコロムビア時代からお得意だったノンフィクション文芸もののレコード化。前者は当初そのものズバリの「遠い星からの手紙」がA面候補でしたが、今となってはそのテーマ性が辛くて辛くて、私はちゃんと聴くことができません。
メディアミックスで展開された純愛ドキュメントと呼べる後者は、都倉さんの流麗なメロディーが感動的な名曲。“命かけて信じあえば/この苦しみにも耐えられる”という、ユッコが歌うからこそのフレーズにどれほど励まされてきたことでしょう。昔からよくイラストのジャケットが話題に上ることがありますが、あれは明星で連載されたわたなべまさこの同名漫画からです。
ソニーBMGつながりで今回RVCのシングル「いつか秋」とB面の森田公一さんとのデュエット「想い出から出発」が収録できれば、この上ないことですが…。
というユッコのアルバム2枚。おそらくもう二度とないであろうこの機会に、はなむけの気持ちで投票や予約するという方もきっと多いことでしょう。
私は、これらのアルバムには、今を生きる我々にとって必要なうたがいっぱい詰まっていると思っています。1曲1曲、もう一度大切にしっかりと聴こうと思います。そしていつも申し訳なさそうに、何かを諦めながらも懸命に何かをつかもうとしていたまん丸顔の女の子が、最後に身をもって教えてくれたことを、今度だけは聴き逃さないようにして、今日という日を大切に歩いていきたいと思っています。
清水由貴子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
(2009.4.28)