昔から、いわゆるご当地ソングが好きで、いろんな場所のことを歌ったうたを好んで聴いてきた。子どもの頃は乗り物酔いがひどく、近場に出かけるのにも大変な思いをしていたから、遠く離れた土地へのあこがれは余計に強かったのかもしれない。
そしていつからか、旅に出た時には必ずその土地のうたを口ずさむことが習慣となり、帰り着いてからは封じ込めた思い出をたどるようにそのうたを聴き、もはやそれこそが旅の醍醐味と感じている節がある。
先日出かけたNYでも、そうだった。道中やホテルの部屋ではiPhoneに入れたナンバーを繰り返し聴き、五番街のひとり歩きやセントラルパークを散歩した時には平気でいろんな歌を歌った。
そしてブリーカー・ストリート。頼まれたお土産を買うため、その通りへと急いだ時には、S&Gの「霧のブリーカー街」とこのうたを少しだけなぞっていた。
地下鉄から上がると、そこはニューヨークの晩秋そのものだった。石畳の並木道には枯れ葉が舞い散り、古いヨーロッパの匂いがしていた。
かつての芸術家の卵たちの魂が、まだここらじゅうを彷徨いているみたいな、湿り気とかげり。
まるで自分自身が今ここで暮らす詩人にでもなったかのように、ブリーカー・ストリートを得意げに歩いてみた。そしてここの住人気取りで「BOOKMARC by Marc Jacobs」の扉を押したのだった。
「あなたは帰りに
おどけて ブリーカー・ストリート
すっかりスター気どりで
拍手 あびてた
セリフの相手は 真夜中のショーウィンド
舞台に憧れ 夢見た頃は」
せがまれていたお土産を売っているブックストアは、かのマーク・ジェイコブスがセレクトしたというアートブックや写真集が並ぶ店。
平日の昼間だというのに、ショップの中は若い女の子たちで溢れかえっていた。それも日本の、関西の子たちだ。
「めっちゃ安いやん!」「それ10個買うとくわ!」
彼女らはアート本などには目もくれず、マークのロゴの入ったステーショナリーやバッグなどをはしゃぎながらわしづかみにしている。
異国の街で聞く日本語、それも不躾な関西弁に正直、安堵感を感じてしまったのは事実だが、彼女たちのおそらく日本で買い物をする時となんら変わらない無遠慮さには恥ずかしさを覚えて、キーホルダーやノートを適当に選んでそそくさと店を出た。
「春と秋に
この街は ヴィレッジフェスティバル
あの日もあの人に
私は恋してた
黒のタートルネック
詩人はいつでも
愛のつづれ織りを
聞かせてくれた」
あれ以来、このうたを聴くと、絵のようなブリーカー・ストリートではなく、こぢんまりとしたマークの店の熱気と関西弁がフラッシュバックしてしまう。
もうこのうたを聴いても、舞台に憧れ夢見る若者や、愛のつづれ織りを詠む詩人になり切ることはできなくなったが、そう残念には思わない。
その代わり、人生のうちでほんの一瞬の無邪気な若さというものを、精一杯謳歌している日本の女の子の、とても正直でリアルな「ブリーカー・ストリートの青春」が刻まれることになったのだから。
(2011.2.4)
note:LP「AVANTURE」1981.5.21発売
凛として変わり続けるからまったく変わらないように見える、そんなター坊の若き日々。このアルバムは、キョージュと繰り広げたテクノ的ヨーロッパ三部作の1枚と呼ばれる名作です。ポップ寄りのアプローチと名画をモチーフにした作品が目立ちますが、この曲のイメージは76年のアメリカ映画「グリニッチ・ビレッジの青春」だとか。旧交の深いフィフス・アヴェニュー・バンドのピーター・ゴールウェイが60年代、グリニッジ・ビレッジで送った青春を映しているのだそうです。オリコン45位。
◎いまCDで聴くなら… AVENTURE