ナツメロ喫茶店/うたノートvol.35


ナツメロ喫茶店

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  こころに残るあのうたを、力をくれるそのうたを、ちょこっと綴っておきました。

vol.35

ノアノア気分/久我直子

(作詩・阿久悠/作曲・三木たかし/編曲・萩田光雄 EP「ノアノア気分」1978)


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 「ノアノア気分」は恥ずかしい。
 その理由を説明するには、昭和53年の春へとさかのぼらねばならない。


 十の時であった。
 愛読していた月刊「明星」、確かピンク・レディーとチャーが表紙を飾っていた号だったと思う。そのグラビアをめくっていたワタシは思わず息を飲み、体に電流のような衝撃が走るの感じた。
 南太平洋に浮かぶタヒチという島で取材された、西城秀樹のページを見てしまったからである。

 水上スキーをヒデキとともに楽しんでいた白人女性は、トップレスであった。乳房からしたたり落ちる波しぶきが、まるで皮をむいた果実の汁のように見えた上、ヒデキの臍下に這う巻き毛(ギャランドゥと呼ばれるのはずいぶん後のことである)も濡れて小さな渦を巻いていた。

 そこには、タヒチではトップレスは普通のことだと書いてあったような気がする。太陽の下、開放感にあふれ、満面の笑顔で楽しみにふける女性たち。照れながらもまんざらでもないヒデキ…。いったいタヒチとはどんな島なのだろう。
 ゴーギャンなどまだ知るよしもない十のワタシにとっては、このグラビアがタヒチのすべてであった。しばらくは何をしていてもそのページがちらついて、何度も何度も見てしまった挙げ句、ばつの悪い感覚に襲われたものである。


 というのがワタシのヰタ・セクスアリスとでも言うべき出来事なのだが、数カ月もたたないうちにタヒチは再び迫り来て、大きなトラウマを残すことになる。

 それが久我直子のこのうたなのだ。“ノアノア”という言葉からも分かるように、タヒチをテーマにしたこのシングルは、ことあるごとにあのグラビアを思い出させ、恥ずかしい気持ちにさせた。

「波間にくだける オレンジの月影
 裸の胸に飾りながら
 私 人魚よ」

 さらに、テレビで見た彼女の浅黒い肌やエキゾチックな瞳、珍妙な振り付けは、ノアノアと大きなイマジネーションをかきたてた。トップレスとヒデキのカラミを脳内で3Dにして見せたのである。あぁ…。

「ふたり ノアノア気分
 いつも ノアノア気分
 のんびり 恋をする」


 昨日、大切な友人がCDに焼いてくれたおかげで、久しぶりにこのシングルを聴くことができた。そして、防衛機制によって封印されていたはずの光景をまざまざと思い出した。トップレスの女が履いていたビキニパンツの色も、ヒデキの水着も、あの夏自分が着ていた黄色いTシャツも。

 だから「ノアノア気分」は恥ずかしい。まる三十一年が経ち四十を超えた今でも、十の時の興奮が、どこまでも恥ずかしさを募らせるのだ。

 なお、このうたが実はあの名曲たちと数珠つなぎのようにして生まれた事実を知るのは、ずいぶん後のことである。

(2009.8.27)

note:EP「ノアノア気分」1978.4.21発売
 モデルや女優としても活動した久我直子のデビュー曲。残念ながらヒットには結びつかず、歌手としてはシングル3枚を発表しただけで終わりましたが、強烈なインパクトを残したことは言うまでもないでしょう。2枚目の阿木+宇崎コンビの「初めが肝心」もステキですし、歌謡マニアからはCD化を切望されていますが、今のところいろいろと難しいようです。
 ところで「ノアノア気分/南からの手紙」が南太平洋の島をめぐる旅から生まれたものだということをご存じでしょうか。その旅は、資生堂やワコールをスポンサーに電通の藤岡和賀夫さんが企画、77年8月に行われたといいます。
 このうたを作詞した阿久悠さん、ジャケット撮影をした写真家の浅井慎平さん、CBS・ソニーのプロデューサー酒井政利さんをはじめ、池田満寿夫さんや横尾忠則さんら各界のクリエーターが招待され、タヒチやサモア、イースター島を巡ったことは、酒井さんの著書でご存じの人も多いでしょう。
 阿久さんの推薦で参加したという酒井さんは、この旅で開眼。広がった人脈を生かした楽曲制作を積極的に行うようになったそうです。そして生まれていったのが、南沙織の「春の予感−I've been mellow−」、矢沢永吉の「時間よ止まれ」、山口百恵の「いい日 旅立ち」、ジュディ・オングの「魅せられて」、久保田早紀の「異邦人」…。いずれも酒井さんがタヒチを訪れノアノア気分を感じなければ、生まれなかった名曲なのかもしれません。
 なお、阿久さんが岩崎宏美に書いた「南南西の風の中で」(「シンデレラ・ハネムーン」のカップリング)は「南からの手紙」の姉妹編であり、タヒチの旅が阿久さんにインスピレーションを与えた歌だと思っています。


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