ナツメロ喫茶店/うたノートvol.14


ナツメロ喫茶店

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  こころに残るあのうたを、力をくれるそのうたを、ちょこっと綴っておきました。

vol.14

CHILDREN IN THE SUMMER/矢野顕子

(作詩・糸井重里/作曲、編曲・矢野顕子 CDS「CHILDREN IN THE SUMMER」1993)


 つかの間ではあったが、先週、旅をした。
 小さな飛行機で降り立った、南の空港。そこから古ぼけたバスで30分。見知らぬ田舎の山道を走る間に、心は“夏やすみの子供”に戻っていた。

 向かった先は、そばに小川が流れるひなびた温泉宿だ。蝉時雨のもと、夏草が生い茂る土手からは懐かしい匂いがする。あのふるさとと同じ匂いを楽しんでいると、横から団扇で背中をつつく悪ガキたち。この旅の道連れだ。普段は遠く離れて暮らしているが、会えば血のつながったイトコみたいに近しい気がする。

 虫取りこそしないが、探検と称して田舎道を下駄で一緒に駆け回り、じゃれあい、小突き合う。帰り道、買い食いしたアイスをひと口多く食べたと小競り合い。時にはけんか腰になっても最後にはいつも笑い転げる、夏やすみの子供たち。

 たっぷり汗をかいた後は、麦茶の代わりにビールを飲む。遊び疲れて、しばしの昼寝。クーラーを止め、網戸にしてのひとねむり。川の字になった畳の部屋には、蚊取り線香の煙がゆっくり流れる。軒下の風鈴にあやされるようにして、心地よいまどろみを楽しんだ。

 庭先でひとっ風呂浴び、田舎のご馳走をたらふく食べた後は、枕を並べ夜更かしをする。タオルケットを体に巻き付ける様は昔とちっとも変わらないが、この子供らの息は、みんな焼酎臭かった。熱に浮かされたようにしゃべり、笑い続けた気がするが、いつしか深い眠りに落ちていたらしい。

 ふるさとの朝は早い。おかみさんに叩き起こされ、眠い目をこすり食卓につく。そしてまた、お互いを小突き合い、大笑いし、三杯飯を食らう。そうやって、短い夏やすみは終わった。

 本当の夏やすみの子供は、夏がゆくのを引き止めたくって、きっと泣く。きっと叫ぶ。でも、この“大人子供”たちは、もう子供ではないから知っている。日焼けして黒くなった肌も、かき氷が染めた舌も、すぐに色あせてしまうことを。だから帰り道は、言葉少なになっていた。

そいつはきみだ そいつはぼくだ


 家路をたどる胸の中では、このうたが繰り返し流れていた。糸井重里の詞やアッコちゃんの曲がいいのはもちろんだが、何より泣かされるのはブラスアレンジ。ジャズのノリと力強いホーンセクションが最高に格好よくて、それがかえって生命力に満ちたノスタルジーをかき立てる。
 かつて大きな愛を受けて育った、元気な夏やすみの子供で、今もその日々の延長を生きている人ならば、絶対に胸を締めつけられ、次の夏はもっと大切に生きようと思うだろう。秋にはまたつまらない大人に戻って、すべてをすっかり忘れてしまったとしても。

 さようなら、2007年の夏やすみ。さようなら、夏やすみの子供たち。

(2007.8.28)


note:CDS「CHILDREN IN THE SUMMER」1993.5.1発売
 NYに移住し、EPIC・ソニーに移籍して3枚目のアルバム「LOVE IS HERE」からの先行シングル。一発勝負のピアノ弾き語りに挑む様子がドキュメンタリー映画にもなった前作「SUPER FOLK SONG」とは打って変わって、さまざまな楽器を取り入れバンドサウンドによるカッコいいアルバムとなりました。中でもオープニングを飾るこのナンバーは、子供の生命力にも似た疾走感が素晴らしい。近年、大貫妙子も取り上げた古いアメリカ民謡「SHENADOAH」は娘の美雨ちゃんが学校で習ってきた歌だったそうです。

◎いまCDで聴くなら… LOVE IS HERE  


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