ナツメロ喫茶店/うたノートvol.36


ナツメロ喫茶店

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  こころに残るあのうたを、力をくれるそのうたを、ちょこっと綴っておきました。

vol.36

ただいま。/矢野顕子

(作詩・糸井重里/作曲・矢野顕子/編曲・坂本龍一、矢野顕子 EP「ただいま。」1981)


「ひとりの部屋は 夕方はまっくら」

だから、夕焼けのあかりが消えないうちに帰ろう。
昔、そう言ったカギっ子が、とってもうらやましかったんだ。

「片づけなさい」が口ぐせの母さんも、
いつもまとわりつくチビの弟も、
耳が遠くて、テレビの音をうるさくするじいちゃんもいない家で、
あの子みたいに、好き勝手に過ごしてみたかったんだ。


「いやだな 誰もいないから いやだな」

ときどき家に来て、夕ご飯を食べてったカギっ子は、
うらやましがる僕の目を見ずに、かぶりを振ってそう言った。

そして、カレーがうまいと言って母さんを喜ばせたり、
テレビまんがのあらすじを弟に聞かせたり。
昼間いっしょに遊ぶ時よりも
ずっと笑顔でおしゃべりで、うれしそうにはしゃいでいたんだ。


「ニャンニャンニャニャニャンニャンニャン にぎやかにして
 ワンワンワワワンワンワン むかえに来てよ」


何年かたって、僕は望み通りのカギっ子になった。
それからは毎日がたのしくてたのしくて、しょうがなかった。

「花束でもケーキやお茶でも ひとりぶんで
 ピアノを弾くのを邪魔するひともいない」

いつ、どこで、だれと何をしようと、やかましく言う人はいない。
「帰りが遅い」と文句を言う人もいない。
朝風呂も、寝る前のおやつも、朝寝坊だって、夜更かしだって、
何だってわがまま気ままで、好きなようにできたんだから。


「ニャンニャンニャニャニャンニャンニャン 迷い子の仔猫
 ワンワンワワワンワンワン 迷い子の仔犬」


そしてまた時が流れて、このうたの意味も
あの子がはしゃいでた理由もやっと分かるようになった。

「いつ頃かしら ただいまを忘れた
 自分の声が 夕暮に盗られた」

だから、ときどき、あの子みたいな気持ちになって、
夕焼けのあかりが消えないうちに、友だちの家へと急ぐんだ。

そして、パスタがうまいと言って奥さんを喜ばせたり、
子どもと本気になってテレビゲームをしたり、
いつもよりずっと笑顔でおしゃべりで、うれしそうにはしゃぐんだ。

「ほんとは わがまま気ままが大好きでも
 時にはあの頃みたいに ケンカしたい」

特にこんな、つるべ落としの秋の日は。

(2009.9.4)

note:EP「ただいま。」1981.5.1発売
矢野顕子の名前とうたをお茶の間にまで浸透させた大ヒット「春咲小紅」に続くシングル。テリー・ジョンソンのジャケットも素敵な同名アルバムからのリカットナンバーでもあります。明るくって楽しくって、でもやっぱりさびしくって…ほんわか路線&テクノ期のアッコちゃんならでは、メカさえ抱いてあやすような体温が伝わる名作です。サウンドはプッシュホンの呼び鈴サンプリングまでがあったかく感じるし、何より糸井さんの、心の芯を的確にとらえた詩が秀逸。まるで自分の分身が言っているように思えたり、肉親から言われているようにきこえたりしてホント泣けてきます。わたしの宝、みんなの宝、やのあきこ。ですね。

◎いまCDで聴くなら… ただいま。


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