ナツメロ喫茶店/うたノートvol.21


ナツメロ喫茶店

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  こころに残るあのうたを、力をくれるそのうたを、ちょこっと綴っておきました。

vol.21

母子受精/戸川純

(作詩・佐伯健三/作曲・比賀江隆男/編曲・国本佳宏 EP「レーダーマン」1984)

古ぼけた団地を抜けて帰る近道は、下り坂になっていて
自転車で通るのが好きだった。

梅雨どきでも、あそこは怖いほど風が冷たかった。
立ち並ぶ建物は、町中の湿気を吸い込んだようにひんやりして、
いつもグレーの影を落としていた。


「産み落とせ 街の落とし子 母の街を駆けろ」


このうたのフレーズを5回くり返す頃、自転車のスピードは落ち、風は生ぬるさを帯びてくる。

鼻につんとくるのは、まず栗の花の香りだ。
そして、軒先に揺れる洗濯物に、焦げた魚とソースが混ざったような、暮らしの匂い。
こっそり裏窓をのぞき見たような、ばつの悪さを感じる匂い。
それでも手の指の隙間から盗み見たくなる、無縁の人の人生の匂い。

いつもデニムの手提げを足もとに置き、階段に腰かけていた子どもは、誰だったのだろう。
うつむいた顔を上げれば、ガラス玉の目の光をしていた、あの子ども。
もしかしたら、それを咎めた自分自身が見させた幻だったのかもしれない。


「産み落とせ 街の落とし子 母の街を駆けろ」


そしていま、夕方の帰り道。
どこか似たような団地の脇を、このうたを口ずさみながら、自転車で駆け抜ける。
うまく飲み込めない思い出や今日の出来事をカゴにのせて、ペダルをこぐ。


「産み落とせ 街の落とし子 母の街を駆けろ」


血眼になったり、素知らぬ顔をしたりして、みんな今日も探してる。
ただ「抱きとめてやるさ」と言ってくれる、母のような強さとやさしさを。

ガラス玉の目の光には、大切なものは映らない。
どこにあるのか分かっていても、探せない。ずっと前からそこにあるのに、見つけられない。

隣の子どもも、もはや自分も、ガラス玉の目の光。
ただ見ているだけで、知っていても教えない。
同じ時代に産み落とされた、日本という街の落とし子同士だというのに。


「夕闇 駆けおりる 遙かなビルの影 立ち並ぶ団地に 灯がともる」

(2008.6.15)

note:EP「レーダーマン」1984.5.25発売
「玉姫様」でブレイクを果たした純ちゃんですが、コレは話題作となったシングルB面。歯科医のパール兄弟・サエキけんぞうさんがいたハルメンズのカバーで、作曲はソロや、ヤプーズなどでも純ちゃんを支えていた比賀江隆男くんが担当。ハルメンズ版も素敵ですが、純ちゃん版は天性の母性と幼児性が最高のバランスでブレンドされています。なお、怪我のため現在、半休業中の純ちゃんですが、社会的意義があって楽しいネットラジオ「ハート温泉」(オススメ!)に出演中。また、延期となっていたベスト盤も7月に発売決定しています。

◎いまCDで聴くなら… TOGAWA LEGEND SELF SELECT BEST&RARE 1980-2007  


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