60年代に生まれ、80年代に青春を過ごした世代へ
とても身近だったのに、今はもうあとかたもなく、それが本当にあったのかさえ分からなくなった風景たち。とても大切にしていたのに、流行り廃りのうちに消え失せ、すっかり忘れ去られたもの。
旧譜を愛するがゆえ、どちらかといえば古いものや思い出を大切にしている方だと思うし、自分自身それなりの自覚もあるのだけれど、いつしか心のすき間に入り込み、記憶からすっかりと抜け落ちていたものも多く、何かの拍子に思い出したりしてハッとすることがあります。
その拍子というのは、やはりうたによるところが大きく、不意に流れたメロディーをきっかけに、つかのまのタイムトリップを楽しんだりしています。
今はもういない人の顔がちらつく懐かしい茶の間、そこにあった家具調テレビで流れていたうた。
高層マンションになる前に建っていたモルタルのアパート、そこの2階の窓から聞こえてきたうた。
試験勉強の追い込み中、深夜ラジオのイヤホンでながら聴きをしたうた。
初めて自分専用のコンポを買ってもらって、胸躍らせて聴いたうた…。
これまで歩いていた道で、流れていたうたの数々を今あらためて聴くと、しみじみとあたたかくなるときもあれば、どうしようもなく悲しくて泣きじゃくりたくなったり、なくし物をしたように心細かったり、取り返しのつかないことをしてしまったように罪悪感を感じたり…そんな風に、思いもよらなかったさまざまな気持ちにとらわれてしまうことがよくあります。
それがきっと、こころのメロディーというものなのでしょうね。
と、そんなふうな思いが去来するのは、来週発売になる「 こころのメロディー 」のせいかもしれません。
2枚組40曲というボリュームで、「 愛と青春のうた 」「 愛と青春のメロディー 」「 想い出のフォトグラフ 」の流れに位置するこのコンピ、70~80年代前半が中心ではあるものの、古くは66年の西郷輝彦「星のフラメンコ」、最新で83年のチェッカーズ「ギザギザハートの子守唄」という幅の広い選曲になっていて、一見いつもの名曲集よりかなり散漫な印象を受けてしまいそうになります。
しかし、よく聴くてみると、実は60年代に生まれ、70年代から80年代前半に青春を過ごしてきた世代にはたまらないチョイスになっているのです。
歌謡曲、アイドルポップス、フォーク&ニューミュージック…さまざまなジャンルが一つの土俵でともにしのぎを削り合い、うたというものがみんなのものだった時代。その時代を生きてきた人ならば、世代がずれていても、いろんなところでグッとくる部分がかなりあるんじゃないかと思います。
個人的にはディスク2の中盤、73年の夏休みというピンポイントで続く流れに不意をつかれたりして。
南沙織「傷つく世代」から始まって、アグネス・チャン「草原の輝き」、麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」、チェリッシュ「てんとう虫のサンバ」、そして天地真理「恋する夏の日」という5曲に、あの頃の居間の様子や、子ども部屋の2段ベッド、毎日遊んでいた幼なじみの当時の顔などがフラッシュバックしたりして。
思わず73年のヒット曲をもっと聴きたくなって「 青春歌年鑑 1973 」と「 続・青春歌年鑑 1973 」を引っ張り出したのはいうまでもありません。
ほかにも、冒頭の山口百恵「横須賀ストーリー」、キャンディーズ「微笑がえし」という伝説のアイドルや、松田聖子「野ばらのエチュード」と郷ひろみ「お嫁サンバ」というカップル、世良公則&ツイスト「あんたのバラード」、もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」、西城秀樹「傷だらけのローラ」、桑名正博「セクシャルバイオレット No.1」という絶叫・熱唱型などなど、いろんなフックが仕掛けられているような感じがします。
そうして記憶をたどるうち、芋づるか数珠つなぎかというように次々と出てきた風景やもの、親や先生、友だちの言葉…。それらはすっかり忘れたと思っていても、こころがちゃんと覚えていたことであり、胸の奥にしっかり深く、刻まれていたことなのです。
なんだか単なるノスタルジーというものにとどまらず、これからを生きる上で、実はとても大切なヒントのように思えてきています。
(2013.2.4)