ナツメロ喫茶店

 ビバ!旧譜の新譜。紙ジャケからBOXまで、ナツメロ復刻盤&再発盤、コンピ盤などのレビューコーナーです。

#1054
河合奈保子/Masao Urino Works 売野雅勇作品集
2023.7.12発売、COCP-4205960、¥3,300<税込>)

作詞活動40周年記念、売野セレクトによる36曲!

 作詞家・売野雅勇さんといえば、昨今のシティポップブームでも多くの作品が再評価されておりますが、80年代を代表するヒットメーカーのお1人ですので当然といえば当然です。
 中森明菜「少女A」を皮切りに、ラッツ&スター「め組のひと」(麻生麗二名義)、河合奈保子「エスカレーション」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、郷ひろみ「2億4千万の瞳」、吉川晃司「ラ・ヴィアンローズ」、荻野目洋子「六本木純情派」、矢沢永吉「PURE GOLD」などなど、時代を映した数多くのヒット曲の歌詞を手がけてこられましたが、今年で作詞活動40周年をお迎えとのこと。
 
 2016年の35周年時には記念のコンサート「Fujiyama Paradise Tour『天国より野蛮』」をはじめ、秘話満載のエッセイ本「砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」、CD-BOX「Masterpieces~PURE GOLD POPS~売野雅勇作品集『天国より野蛮』」( こちらで紹介) やトリビュートアルバム、カバーアルバムなどの記念企画が相次ぎましたが、40周年の今回も目白押しです。
 
 7月15日には、船山基紀さんを音楽監督に、ゆかりのアーティストたちが大集合するコンサート「売野雅勇 作詞活動40周年記念 オフィシャル・プロジェクト MIND CIRCUS SPECIAL SHOW『それでも、世界は、美しい』」を東京国際フォーラムで開催。
 コンサート直前には記念CDも同時発売でゾクゾク企画されており、売野さん書き下ろしの短編小説付きのコンピレーションアルバム「 MIND CIRCUS 午前0時のLOVE STORIES」や、「STRANGE PARADISE -売野雅勇作品集-」を筆頭に、コンサートにも出演する中西圭三さんの売野作品セレクション「YELL, STEPS & SONGS -売野雅勇YEARS BEST-」もリリースされるとのことですが、ここでは河合奈保子さんの「 Masao Urino Works~売野雅勇作品集~」をプッシュさせていただきましょう!
 
 なんてったって、売野さんは、筒美京平先生とのコンビによるイメチェン・ビートポップス「エスカレーション」を成功させたことで彼女のメイン作家となり、唯一のオリコン1位獲得曲「デビュー~Fly Me To Love」も手がけているのですからね。
 
 実際、シングルでは83年の「エスカレーション」から86年の「刹那の夏」まで、途中2作をはさみ全11作のシングルA面を担当。「さよなら物語」「スターダスト・ガーデン -千・年・庭・園-」などトータルでプロデュースしたアルバムも多く、日本語詞も含め約60曲を提供。
 コロムビアらしく70年代の郁恵ちゃん路線を踏襲し、オールドタイプのアイドルポップスでデビューした河合奈保子の楽曲イメージを、80年代にふさわしいトレンディーでビートの効いたアダルト・シティポップスへと一新。アイドルから脱皮していく過渡期を一任され、ナハハ笑いの夢見る夢子さん的にひときわ幼かった少女を、駆け引きも得意とする手練手管の大人の女性へと大きく変身させたのは、売野さんにほかなりません。
 
 本質的な相性はともかく、同期の松田聖子のライバルとして今一つ決め手に欠けていた方向性を見事に定めた功績や、筒美先生の80年代のパートナーとして先生の創造力をかき立てるとともに、奈保子さんに隠れていた黒っぽいフィーリングを引き出した手腕には敬服せざるを得ません。
 さらに、シンガー・ソングライターへとシフトする際のプロデュースも行うなど、売野さんがアーティスト・河合奈保子の最重要作家だったことに疑念を持つ人はいないでしょう。
 
 今回の作品集には、売野さん自身がセレクトした36曲を収録。やはり、シチュエーションや言葉のチョイスの面でシングルA面曲が図抜けている気がしますが、個人的なオススメは、冒険いっぱいのB面やアルバム曲。
 筒美先生のご指示だったであろうホイットニー的なアレンジ(船山先生です)もさることながら、「平凡(ありふれ)た」や「手紙(good-bye)投函(おく)るわ」など奇天烈な売野節が全開の筒美作品「プールサイドが切れるまで」や、詩世界に合わせたようなセクシーなウイスパー唱法にそそられる林哲司作曲「ジャスミンの夢飾り」あたりを推しておきたいと思います。
 
 なお、ブックレットには制作当時のエピソードが満載の解説も手がけられているとのことで、曲順も含め、単なる新編集のベスト盤とは一線を画している感じです。
 奈保子さんの作家別作品集は、昨年「Masaaki Omura Works ~大村雅朗作品集~」( こちらで紹介)が出ていますが、あれは時系列順の構成でしたし、今回はご存命だからこそ実現した自選集。奈保子さん本人のキャラとは異なる大胆かつ挑発的なヒロイン像が目立った提供作への思いや、これまで語られていなかったエピソードの掲載にも期待できることでしょう。
 
 個人的には、前回のBOXでも使われた金子國義先生の絵画がジャケットに反映されているのもウレシイ。この原画「傷跡」は売野さんが所蔵するもので、ご自身が脚本監督を務めた映画「シンデレラ・エクスプレス」(金子先生も特別出演)の劇場ポスターに起用して以来、売野さんのアイコンみたいな感じになっていますね。
 
 せっかくの機会なので、余談をば。これまで売野さんと奈保子さんの相性は良くなかったと書いてきたせいで、奈保子さん関連の項しか読んでいない方には売野さんや奈保子さんが嫌いなのだとか、評価していないとか思われたり、指摘されたりしがちなのですが、釈明に代えて、売野作品との出会いなど個人的な思い出を過去のコピペを元に再掲しますので、もし誤解されている方がいらっしゃいましたら、ぜひお読みいただければ幸いです。
 
 ワタシが売野作品に初めて触れ、そのお名前をしっかり意識したのは81年。隣県出身のこともあって、大ファンになった河合夕子さんのファーストアルバム「リトル・トウキョウ」( こちらで紹介)がきっかけでしたが、後から考えれば、幸運にも売野さんの作詞家デビュー時からその詞に触れていたことになります。
 ちなみに、このアルバムでは、デビュー曲にしてスマッシュヒットとなった「東京チーク・ガール」以外の全曲を、夕子ちゃんと売野さんが共作(実は「東京チーク・ガール」も売野さんが手を加えており、後に作詞リストに追加されています)。第2弾シングルとしてリカットされた「ジャマイカンClimax/バスクリン・ビーチ」、ホリプロの後輩・大沢逸美もカバーした「チャイナタウンでスクールデイズ(香港街学校日々)」などなど、イマジネーションをかきたてるコトバのパッチワークといいますか、キッチュで奇想天外、それでいてデカダンでホロリとさせる斬新な歌詞に、大きく魅了されたものでした。 
 
 当初、歌詞カードだけの情報では「売野」を何と読むのかわからず(「雅勇」も読めませんでしたが…)、さらにセカンドアルバムにして最高傑作「フジヤマ・パラダイス」 ( こちらで紹介)では旧字の手書きで「賣野」と書いてあり余計に悩ましかったので、それが「うりの・まさお」であることを知るのは、衝撃的なタイトルだった「少女A」の大ヒットまで待たねばなりませんでした。
 
 ということで、夕子さんのサードアルバム「不眠症候群(ふみんシンドローム)」( こちらで紹介)も含め、多感なミドルティーンの頃に売野さんから大きな影響を受けたのは確かです。 
 その少し後、太田裕美さんが、これまたキッチュな銀色夏生さんの詩世界で不思議的テクノポップへとシフトし、そのキッチュさに多くのファンが引き潮のように離れていった際、何の抵抗もなくむしろ以前より大好きになったのも、売野さんが構築したフジヤマ・パラダイスな世界観に浸っていたせいだと言っても過言ではありません。
 
 売野さんはコピーライター出身ということもあり、時代の寵児となった糸井重里さんみたく、80年代的広告コピーのようなコトバ遊びを得意とする作詞家という印象。横文字や漢字、かなり強引なルビの振り方も含め、売野さんの言葉選びや読ませ方などを見れば一目瞭然でしょう。
 同じ80年代に頭角を現した康珍化さんが松本隆系ならば、売野さんは阿久悠系というイメージを持ったものですが、それは売野さんの詞世界のレンジの広さも意味しておりまして、バブリーでデコラティブな路線とは対極の、シンプルでピュアな歌詞もお得意なんですよね。 
 
 個人的に胸を打たれた曲は、アイドルに限るだけでも松本伊代「淋しさに負けないで」、伊藤麻衣子「さよならのカレンダー」、本田美奈子「青い週末」、西村知美「君は流れ星」など枚挙に暇がありませんが、その中でのマイベスト3は、岩崎良美「ジャスミンの頃」と、シンシア(南沙織)の「誓い」、そして共作ではありますが河合夕子「太陽の下のラスト・ワルツ」。いずれも追憶バラードものですが、その心象と情景を重ねた描写と視覚や触覚、嗅覚に訴えかける手法は売野さんのお家芸といえるでしょう。
 なお、楽曲や構成を含めての完成度はヨシリンに書いた「恋ほど素敵なショーはない」が最高峰だと思っております。 
 
 ということで、奈保子さんへの提供作が本人のキャラと乖離し、難解なものが少なくないのは、売野さんのせいではなく、奈保子作品の起点「エスカレーション」が最大の成功作になってしまったことに尽きるのではないでしょうか。制作サイドの意向などを慮るに、結局、売野さんが彼女に書く女性像は「エスカレーション」のバリエーションにせざるを得なかった…というのが真相の一つではないかとずっと思っております。
 もちろん根本は、歌手・河合奈保子がは詞世界を演じきって歌うタイプのシンガーではなかったことが最大の要因でしょうが…。
 
 

(2023.5.22)

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