35年の時を超え、自身で挑む「ほうろう」再録!
突然ですが、先月、NHKのBS 2で放送された「MASTER TAPE~荒井由実『ひこうき雲』の秘密を探る~」という番組をご覧になりましたか?
見てない方のために簡単に紹介しておきますと、ユーミンご本人やキャラメル・ママ(ティン・パン・アレー)を含めデビューアルバム「ひこうき雲」のレコーディングに参加した人々がスタジオに集まって、ともにマスターテープ(16chマルチトラック)を聴き、検証していくという、とても凝った趣向の贅沢な番組でした。
興味深い内容ばかりだったし、ディレクターやエンジニアも含め丁寧かつマニアックに回想する様子も素晴らしかったのですが、見ていてオヤ!と思ったのが、マルチに触発されたようにメンバーがセッションをし始めるシーン。
ナマでお見受けする機会の多いユーミンやマンタさんはともかく、ヨーダ化がますますお進みになるホソノさんや、今も十分お若いけど往時の紅顔ぶりを存じているだけに驚いてしまったミッチさんら、皆さんずいぶんとお年を召されておりました。でも、その分とても余裕がおありで、気楽で微笑ましいセッションの雰囲気に思えたのですね、一見。
しかしクリアな液晶画面から垣間見えてしまったのは、過去の作品のクオリティの高さにあらためて挑戦するかのようなギラリとした野心。まったくの錯覚かもしれませんが、そんな気がして、ちょっとコーフンしてしまったのです。
と、またまた前置きが長くなってしまいましたが、なんでそんなコトを書いたかというと、小坂忠さんの新作の白盤を拝聴し、同じ思いを感じてしまったからなのです。
それが、1975年の名盤「ほうろう」のバックはそのままに、ボーカルを新録音したニュー・エディション盤「 HORO2010 」。
昨年発売されたボックス制作の際、16chマルチトラックが発見されたことに端を発する企画だそうで、20代に録音した本作を35年後の60代に改めて歌い直すという画期的な新作となっています。
小坂さんといえば、伝説のバンド・エイプリルフールでホソノさんや松本隆さんと一緒に活動した後、ソロデビュー。クリスチャンとしてゴスペルの世界でも活躍なさってるミュージシャンです。
ユーミンと同じく当時アルファに籍を置いていたこととか、バッキングがほぼ同じだということとか、そういう点だけで結びつけてしまうのは、全くもって浅はかなのですが、このニューアルバムを聴いて前述のセッションを連想してしまったのは確かです。
オリジナルの「ほうろう」は、ティン・パン・アレーや、ソロデビュー前の矢野顕子(当時は鈴木晶子)さんをはじめ、吉田美奈子さん+シュガーベイブ(タツロー&ター坊)らとともに制作したアルバム。和製R&Bやソフトロックの名盤として再評価の高い作品なのは、ここに来られる皆さんもきっとご存じでしょう。
ワタシはアッコちゃんから入ったクチですが、アッコちゃんファンにとってこのアルバムは、「ほうろう」や「機関車」(オリジナルは71年録音)のオリジナルということはもとより、「やませ(東風)」と改題してセルフカバーした「つるべ糸」の収録アルバムとしてもおなじみですよね。
一般のアラフォー世代には、オザケンとスカパラがリメイクしたソウルフルな「しらけちまうぜ」といえば頷く人も多そうだし、アラフィフには桑名正博さんのカバーも有名ではないでしょうか。この曲は松本さんやホソノさんのBOXにも収録されていましたし、知名度は高いはずですよね。
また、久保田早紀ファンには教会音楽伝道師となった“久米小百合”としての活動から、さらに太田裕美ファンにはギターの西海孝さんつながりで小坂さんを知ったという人もいるかもしれませんね。
このアルバムには、はっぴいえんどの「氷雨月のスケッチ」「ふうらい坊」といったカバーも入っていますし、ユーミンファンが聴けば「あなただけのもの」とコーラスが兄妹みたいな「ふうらい坊」に、きっとニヤリとすることでしょう。
と、イロイロこじつけましたが、あんまりなじみがないという人でも、ぜひ聴いていただきたい「ほうろう」ですが、今回の新録音盤はかなりスゴイ。
75年盤と聴き比べると、キーが同じというのにも驚きますが、とにかく歌声が素晴らしい。若さゆえの危なげなスピード感やハリやみずみずしさも素晴らしかったのは事実ですが、それらと引き換えに得た、深みやまろやかさ。何より、小坂さんの人生からにじみ出る慈愛の響きよ。それはあの名曲「機関車」で最も実感できるような気がします。
恋愛だけでなく、社会に出ることに例えられたり、いろんな解釈ができる哲学的なこのうた。目がつぶれ、耳が聞こえなくなって、それに手まで縛られるほどの思いは、きっといつの時代も生きているからこその人間の普遍的な感覚であり、実感に違いありません。
けれど、年を重ねたからこそ分かること、変わること、味わえることがある。
20代なら無力な分だけ一心に拒んだもの。40代では諦念ゆえに逆にあがいて死守したかったもの。そういった、もはや失うしかないと思いこんでたものが実は60代になったら…などと、思えたりして。
このニューアルバム、小坂さんのうたからは、そんな希望の光をいただけるような気がします。そして、若さと引き換えに手に入れたものを大切にしつつ、さらに年を取ることを受け入れ、ある意味新たな希望を見いだして歩いていけるような気さえします。
そういう意味では、このアルバムが長年現役を続けているアーティストに影響を及ぼしてほしい。昨今のカバーアルバムみたく、ブームになってほしいな。
昔のアルバムと同じ曲順でライブをしたり、リアレンジの新解釈でまるごとセルフカバーしたりというのはよくありますが、昔のマルチでボーカルだけを新録音するというスタイルこそ重要な意味を持つものだと思います。
それも長年現役を続けているアーティストに挑戦していただければ、ずっと応援しているファンにとっては、今を生きるうえでこの上ないメッセージになるんじゃないかな、なんて思っています。
なお、今回の再録ニューエディションは、高品質のBlu-spec CDの上、ご本人とホソノさん、萩原健太さんのライナー付き。初回限定で紙ジャケット仕様になるとのことです。そういえば、オリジナルに呼応したジャケットも素敵ですよね。
しかもアナログ盤「HORO2010(アナログ盤)」や、2009 年のConnected Tour東京公演最終日を収録したDVD&ホソノさんをゲストに迎えた大阪公演のCDをセットにした「SOUL PARTY 2009/CHUKOSSAKA and SOUL CONNECTION」、ゴスペルの集大成となる紙ジャケ仕様の2枚組CD「Chu's Gospel」も同時発売になるとか。
個人的には肉体的な衰えを感じ、滅入ることも多いこの頃ですが、この新作を聴いて、なんだか年を重ねるのが楽しみなったような、そんな気持ちでいます。
(2010.2.13)