ナツメロ喫茶店/うたノートvol.63


ナツメロ喫茶店

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  こころに残るあのうたを、力をくれるそのうたを、ちょこっと綴っておきました。

vol.63

東京ではめずらしい四月の雪/香田晋

(作詞・阿久悠/作曲・三木たかし/編曲・若草恵 CD「大流行歌」1998)



 作詞家の阿久悠さんがかつて「気持ちよく悲しい唄がきこえる/気持ちよく悲しい風景がある/気持ちよく悲しい男がいる」と評したのは新沼謙治でした。彼は阿久さんが審査員長を務めていた「スター誕生!」でいたく気に入られ、1976年のデビュー時から力の入った詞をおくられていました。

 一方、節回しを得意とするその歌い方に対して、阿久さんが「自分の詞は向いていない/本質が違う/好き嫌いではなく合わない」と言っていたのが香田晋でした。それでも彼のスタッフが阿久さんと旧知の仲だったこともあって、1989年のデビュー時から詞のオファーを受けていたそうです。

 結局は、作詞家になって以来書かないと決めていた昭和中盤までの流行歌をテーマに、企画アルバムとしてリリースすることを条件にして、十編の歌詞を書くことになったそうですが、その中で唯一、奇をてらわなかったのがこのうただったのです。

 昭和最後の四月、めずらしく東京で雪が降った日。その光景に若い二人の行く末を重ねながら阿久さんが綴った詞は、かつて新沼謙治を見つめていたまなざしによく似ていました。
 そして、その思いに応えるように、迷いなく清々しく歌いき切った香田晋のうたは、まさに「気持ちよく悲しい唄」になっていました。

 そう聞こえたのは、作曲が,阿久さんが弟のように思っていた三木たかしさんだったことも大きかったのかもしれませんが、私は、季節が嘘をつくように狂うことすら気にもとめぬ、彼のまっすぐな若さがあったからこそだと確信しています。


「春よ春よ春よ ここにいて
 春よ春よ 若い二人をあたためて
 雪にまぎれて心の花を
 春よ春よ どうか散らさないで」




参考資料:阿久悠「あまり売れなかったがなぜか愛しい歌」(単行本「なぜか売れなかったが愛しい歌」、文庫「なぜか売れなかったぼくの愛しい歌」と改題)

(2014.4.8)

note:「大流行歌」1998.6.10発売
今となっては後年の“ハチマキ王子”のインパクトが大きいようですが、そもそもは船村徹門下生として下積みし、89年にデビューを飾った香田晋クン。日本レコード大賞新人賞、紅白歌合戦にも出場実績を持つ、若手演歌の星でした。このナンバーは、デビュー10周年記念アルバムにしてレコード大賞企画賞に輝いた「大流行歌」のラストに収録されていた名曲で、その10年前の4月の雪をテーマにしたもの。こぶしをきかせることなくしみじみと歌う様は、阿久悠さんが書いた初期の新沼謙治作品を思わせる希有な仕上がりです。大切に歌われ、キングレコード移籍後の2008年には、セルフカバーしてシングル化もされています。


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