生まれて初めて、しかも外国で盗みに遭い、
広場のベンチで震えていたのです。
いいえ、盗られたのが怖かったのではありません。
寒くて仕方なかったのでもありません。
ヨーロッパではスリやひったくりが日常茶飯事で、
取るに足らない出来事であることは
もちろん知っていましたし、
「オリバー・ツイスト」さながら
子どもらを操る移民の組織があることも聞いていました。
けれど、日本という国で生まれ育った私は、
ぼんやりと聞き流し、
その本当の意味をまったく理解していなかったのです。
持たざる者は、持てる者から
分けてもらうのが当たり前。
もし分けてもらえなければ奪い取る。
それは正当な行為であり、罪といえるものではない。
そのような思想が根本にあり、わずかであっても
人々の中に当たり前のように存在していることに恐怖を覚え、
自分が生きている世界の現実というものを知ったのです。
行き交う人はみな、足早に通り過ぎてゆきます。
交わされる言葉は耳にまで届きますが、
何を言っているのか解せない私には、聞き取ることすらできません。
まるで味方が誰一人としていないような孤独をかみしめながら、
これまで、いかに素晴らしく恵まれた国のもとで
のんびりと暮らしてこられたのかを実感していました。
note:EP「北駅のソリチュード」1984.12.5発売
デビュー当初は70年代を引きずった歌謡ポップスを展開していたものの、83年の筒美作品「エスカレーション」によるイメチェンが大成功して以来筒美系ディーバとなった河合奈保子。これは、全曲筒美作品で彼女の最高傑作との呼び声が高いコンセプト・アルバム「さよなら物語-THE LAST SCENE and AFTER」に連なる、同時発売のシングル。
ワム!ブームのさなか、ひろみ&ヒデキが相次いでカバーした「ケアレス・ウィスパー」とイントロの相似性が話題に上ったこともありましたが、そこは筒美作品の真骨頂。本歌取りというか、イントロに続く本編はこちらの方が自然で必然的ですね。オリコン最高6位。
69:振子の山羊
68:どんないいこと
67:北駅のソリチュード
66:四季絵巻
65:水の影
64:さよなら夏のリサ
63:東京ではめずらしい四月の雪
62:dreamland
61:時 -forever for ever-
60:でんでん虫
59:TONIGHT
58:心の中のプラネタリウム
57:この国に生まれてよかった
56:風の笛
55:あしたまた会う子供のように
54:いいもんだなァ故郷は
53:車窓
52:最後の一葉
51:僕のお嫁さん
50:今だけの真実