ナツメロ喫茶店

 こころに残るあのうたを、力をくれるそのうたを、ちょこっと綴っておきました。

#68
北駅のソリチュード/河合奈保子
(作詩・売野雅勇/作曲・筒美京平/編曲・萩田光雄 EP「北駅のソリチュード」1984)

パリ17区のメトロから、北駅へ。
みぞれ交じりの小雨が降る
冬の朝のことでした。
 

生まれて初めて、しかも外国で盗みに遭い、
広場のベンチで震えていたのです。

 

いいえ、盗られたのが怖かったのではありません。
寒くて仕方なかったのでもありません。

 

ヨーロッパではスリやひったくりが日常茶飯事で、
取るに足らない出来事であることは
もちろん知っていましたし、
「オリバー・ツイスト」さながら
子どもらを操る移民の組織があることも聞いていました。

 

けれど、日本という国で生まれ育った私は、
ぼんやりと聞き流し、
その本当の意味をまったく理解していなかったのです。

 

持たざる者は、持てる者から
分けてもらうのが当たり前。
もし分けてもらえなければ奪い取る。
それは正当な行為であり、罪といえるものではない。

 

そのような思想が根本にあり、わずかであっても
人々の中に当たり前のように存在していることに恐怖を覚え、
自分が生きている世界の現実というものを知ったのです。

 

行き交う人はみな、足早に通り過ぎてゆきます。
交わされる言葉は耳にまで届きますが、
何を言っているのか解せない私には、聞き取ることすらできません。

 

まるで味方が誰一人としていないような孤独をかみしめながら、
これまで、いかに素晴らしく恵まれた国のもとで
のんびりと暮らしてこられたのかを実感していました。

 

 

 
 
(2016.1.8)
 

note:EP「北駅のソリチュード」1984.12.5発売
デビュー当初は70年代を引きずった歌謡ポップスを展開していたものの、83年の筒美作品「エスカレーション」によるイメチェンが大成功して以来筒美系ディーバとなった河合奈保子。これは、全曲筒美作品で彼女の最高傑作との呼び声が高いコンセプト・アルバム「さよなら物語-THE LAST SCENE and AFTER」に連なる、同時発売のシングル。
ワム!ブームのさなか、ひろみ&ヒデキが相次いでカバーした「ケアレス・ウィスパー」とイントロの相似性が話題に上ったこともありましたが、そこは筒美作品の真骨頂。本歌取りというか、イントロに続く本編はこちらの方が自然で必然的ですね。オリコン最高6位。

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