ナツメロ喫茶店/うたノートvol.56


ナツメロ喫茶店

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  こころに残るあのうたを、力をくれるそのうたを、ちょこっと綴っておきました。

vol.56

風の笛/中島みゆき

(作詩、作曲・中島みゆき/編曲・瀬尾一三 CD「常夜灯」2012)


あれは確か14才になろうかという頃。
隣のクラスだったか、そのまた隣だったかはっきりしませんが、
「3年B組金八先生」をきっかけに
中島みゆきの大ファンになったという子がいました。

あの頃、みんな大好きだったザ・ベストテンや
深夜ラジオなどで流れる流行歌には全く興味がなかった子で、
少し前にヒットした「ひとり上手」はもとより
「時代」や「わかれうた」さえも知らなかったそうです。

そのせいもあってか、ドラマのあのシーンに
とにかく衝撃を受けたようで、
それからの学校帰りは毎日のように、
隣町にできたばかりの「黎紅堂」に寄り道し、
レコードのジャケットや曲のタイトルを丹念に見比べては、
1枚ずつ借りていったといいます。

多くはない小遣いすべてを注ぎ込んで、
まるで取り憑かれたようにみゆきが歌う歌を聴き、
みゆきが書いた詩を貪るようにして読んだといいます。

それでも「世情」の入ったLPだけはいつも貸し出し中で、
待てども待てども手にすることができなかったそうです。

そして、どこからか私が持っていることを聞きつけ、
レコードを貸してくれないかと頼みに来たのです。
その子は少しどもりながら、つっかえつっかえに
「駄目なら、歌詞カードだけでも書き写させてほしい」と言いました。

おそらく、その姿に心打たれてしまったのだと思います。
その子こそ、中島みゆきを聴くべき人間だと確信したのだと思います。
よく知らない子に大事なレコードを貸すことなど考えられなかったはずなのに、
私はあっさりとOKしていました。

あれから30余年。
新しいCDに入った一つの歌を聴いて、その子のことを思い出しました。

14才で中島みゆきを心から欲し、すがり、生きるよすがにした子のことを。
中島みゆきに風の笛をもらってからは、見違えるようにまぶしく、
たくましく、まっすぐに歩いて行った子のことを。

今日もホールに響く風の笛は、
あの頃、あの子や私たちが中島みゆきからもらい、
ささやかに吹いた音色と、よく似ていることだと思います。



「つらいことをつらいと言わず
 イヤなことをイヤとは言わず
 呑み込んで隠して押さえ込んで 黙って泣く人へ

 ええかげんにせえよ たいがいにせえよ
 あけっぴろげだったお前は 何処へ消えた
 ええかげんにせえよ たいがいにせえよ
 目一杯だったお前が 気にかかる

 言いたいことを言えば傷つく 大切な総てが傷つく
 だから黙る だから耐える それを誰もが知らない
 ならば
 言葉に出せない思いのために お前に渡そう風の笛
 言葉に出せない思いの代りに ささやかに吹け風の笛」



今の悩める子どもたちにも、
中島みゆきに出会え、風の笛をもらえる機会がたくさんあればと願います。

(2012.11.14)


note:CD「常夜灯」2012.10.24発売
弱くとも正しく生きようともがく者たちに救いの手をさしのべるような、中島みゆき39枚目のオリジナルアルバム(オリコンアルバムチャート4位)。中でもとても地味で、だけれども静かに光っているナンバーがこの歌です。「世情」も歌った今年のコンサートツアー 「縁会」2012~3では第1部の最後で歌われますが、響きわたる風の笛は、嗚咽しながら聴く者の心に、消えない波紋と大きな余韻を確かに残しているようです。

◎いまCDで聴くなら… 常夜灯


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